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樺戸集治監の歴史コース詳細情報
月形町の歴史を語るのに外せないのは、樺戸集治監に収容されていた囚人達です。彼らは、月形町だけでなく北海道道央の開拓に貢献しました。そんな彼らの残したものは国道12号をはじめ、現在でも多くの人に利用されています。そんな囚人達の歴史を見てみるコースです。
※距離、所要時間~見学時間などで違ってくるので、おおよその目安として下さい。
 〈田園空間博物館「樺戸地区」散策ルートマップから引用〉

約16.3km    車車/約1時間40分    自転車自転車/約2時間20分
樺戸集治監の歴史コースマップ

マップ1 月形樺戸博物館
月形樺戸博物館は旧樺戸集治監本庁舎、月形樺戸博物館本館、農業研修館の総称です。
月形樺戸博物館-旧樺戸集治監本庁舎イメージ ◆旧樺戸集治監本庁舎
明治14年に開庁した本庁舎は、明治19年に一度焼失しましたが、すぐに再建され現在に至ります。現在の建物は大正8年に樺戸監獄が廃監されるまで事務所として使用されました。その後昭和47年まで役場庁舎として使用されました。昭和48年からは北海道行刑資料館(後に月形樺戸博物館に改称)として一般公開されています。
月形樺戸博物館-月形樺戸博物館本館イメージ ◆月形樺戸博物館本館
より多くの集治監資料を展示するために平成8年に建てられました(旧樺戸集治監本庁舎とは地下でつながっています)。樺戸集治監の当時の様子を実物資料で展示しています。集治監には有名囚人も多く集監されていましたので、そのエピソードなどが資料により解説されています。
月形樺戸博物館-農業研修館イメージ ◆農業研修館
昭和61年に建設されました。樺戸監獄は農事監獄として始まっており、月形町の開拓に心血をそそいだ先人たちの記録、農業に関する資料が展示されています。
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マップ2 囚人棟梁建築の寺(円福寺)
囚人棟梁建築の寺(円福寺)イメージ 明治20年に現在地に中嶋布教所を創設。本堂は明治29年に囚徒の手により建築されたものでこの寺は真宗大谷派に属します。庫裡には4代典獄・石沢謹吾揮毫の「速満足」扁額があります。
マップ3 囚人棟梁建築の寺(北漸寺)
囚人棟梁建築の寺(北漸寺)イメージ 明治17年月形潔の援助のもと囚人の労役によって仮御堂を建築。明治42年には、高岸石次郎の設計により、毎日70~80人囚徒が出役して本堂が建築されました。曹洞宗永平寺派にして、札幌の中央寺と同格の寺です。
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マップ4 監獄かんがい溝
監獄かんがい溝イメージ 明治36年から38年にかけて樺戸集治監や入植者の水田にも利用できる灌漑用水を確保するために工事が行われました。この工事には延べ43715名の囚人の手で行われています。幅約3.3m、延長約6.6kmもあり、約82haの水田用水として利用されました。現在は幾度かの改修を経てコンクリート装工となっていますが、流路はほぼ当時の位置を流れています。
マップ5 篠津山囚人墓地
篠津山囚人墓地イメージ 樺戸集治監の開監から廃監までの39年間に獄死した1022名の無縁仏の霊が眠っています。樺戸集治監は始めは農事監獄として始まりましたが、後に北海道の開拓のため土地の道路開削などの過酷な土木作業へ従事し、多くの犠牲者が出ました。
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マップ6 水道遺跡
水道遺跡イメージ 当時、樺戸集治監の飲用水や生活用水を確保するために作られた施設です。木管でここから約3km先まで水を送っていました。この施設は樺戸集治監内で製造されたレンガを使用、取水塔や排砂門などを有しており、水道施設では北海道では1、2番の古さと考えられています。現在は老朽化が激しく改修が困難なため、埋め戻して保存しています。
マップ7 峰延道路開削測量の基準点
峰延道路開削測量の基準点イメージ 明治19年、囚人の手による月形峰延間の道路開削の時に峰延方向を見渡せる円山の中腹を測量の基準点としました。このことからこの記念碑が建設されました。この頃から、空知地方を含めた道央地区の開拓が進んでいったと思われます。
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マップ8 月形スギ保護林
月形スギ保護林イメージ 円山公園の中にあります。明治23年、樺戸集治監の囚徒達によって植えられたスギ林です。現在は国内北限の杉林として保護育成されています。